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(9月例会報告)講演会「アマゾン川イカダ下り5000キロ」他

9月20日(土)は9月例会でした。

参加者数は41名
台風上陸が危ぶまれましたが、夜のうちに通り過ぎてくれて、天気もそこそこよく、会場は蒸し暑いくらいの熱気でした。

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○旅行報告・旅行情報
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*発表者全員が画像やレジュメをご用意下さり、内容の濃い発表でした。

1.イタリア(ドロミテでのトレッキング)
2.マケドニア(イコン、美術、教会などを巡る旅)
3.中国(四川省 成都、パンダなど)


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○講演会「アマゾン川イカダ下り5000キロ」

講師:坪井伸吾(つぼい しんご)
(プロフィール)21歳で北米をバイクで横断。これを皮切りに、オーストラリア、ヨーロッパを一周、南北アメリカ大陸縦断。アフリ力・中東を走り、93年にはアマゾン川5000キロをイカダで下る。旅の最中に世界の大物釣りにも挑戦。2005年5月~11月、北米大陸5400キロをマラソン単独横断。現在はフリーライター。著書に『アマゾン漂流日記』『僕流その日暮らし』

*ツワモノの多いこの会でも、さすがに坪井さんのような旅をしている方は少なく、かなり刺激的なお話でした。
*地図、写真、動画とプレゼンツールも盛りだくさんで、後半はマンガで説明(!)という当会前代未聞のプレゼンテーションで、会場は大いに盛り上がりました。
*質問時間も30分以上取りましたが、最後まで途切れることなく続きました。

<要旨>
・これまで、バイクで世界一周をしたり、LA-NY間を走って横断したり、と様々な旅をしてきた。自分がやりたいことに素直に従って色々な旅に挑戦してきた。
・アマゾン川下りの旅は、北中南米をバイクで縦断する旅の途中に行ったもの。
・アラスカから出発したが、途中でお金がなくなって、サンフランシスコで仕事探した。そこに、サンフランシスコ地震が来て、仕事どころでなくなってしまった。ロスに行ってみたけれども仕事ない。
・ラスベガスで勝負をかけた。100ドルスロットに負けて文無しになって、一時帰国。一度文無しになってみることも重要な経験だった。全てを失ってみて、思い切りがついた。京都に戻って、川崎の工場で働いて復活。
・ところが、エクアドルまで行ったときに、税関でもめ、バイクも届かないというトラブルが発生。国外退去命令が出て追い出された。
・その後、パタゴニアで手持ち資金が3万円になって、バイクを売った。
・サンパウロに戻り、アマゾン川をイカダで下った人の話を聞いて、やる気に火がついた。宿で同行者を探した。いずれ、噂に聞いて人が集まってきた。
・お金がなかったから、一度ニューヨークに行って弁当屋で働いてカネを貯めた。弁当屋の地下室に住み、弁当の残り物を食べていたから、お金は貯まった。仲間も合計3人集まってリマから出発。プルカパでイカダを作り、そこから出航した。
・イカダは自分たちで作ったが、作り方に関するマニュアルがあるわけではなく、試行錯誤しながら作った。舵はつけたが、イカダが重すぎてコントロールできず、方向は流れ任せだった。
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・アマゾンでは、日々ありえないことが起きる。例えば、朝起きると、イカダの横を家が流れてきていたりする。
・毎日嵐が来て、雨が吹き込んでくるので、竹でドアを作った。
・最初は夜間走行したが、ランプの明かりに虫が集まってくるので、夜は寝ることにした。
・イカダにはいろいろな動物が集まる。いつの間にかカエルが住みつくようになり、そのカエルを狙ってヘビが住み着いた。さすがにヘビは毒ヘビだと困るので殺した。
・川を下っていると、いまどこにいるのか、全く分からなくなる。村に行って聞いても分からない。村人は地図さえ見たことがない。彼らは自分の生活圏しか知らないから、当然といえば当然だ。
・カヌーは水上を移動する上で不可欠だった。水漏れして浸水するが、どのくらいの重さでどのくらい漕げば大丈夫かを推し量りながら使った。
・「衣食住が大切」というが、アマゾンは暖かいので、衣と住はそれほど気にしなくても大丈夫。食が圧倒的に重要。意外に限られた食料しか手に入らないし、何もないところから料理を作らなければならない。ただし、これも慣れればできるようになる。
・料理をしようにも、まな板がない。「いずれ板が流れてくるだろうだから」と思っていたが、一向に流れてこない。自然に板が存在するわけはなく、人が作らないとできないから当たり前なのだが、アマゾンではじめてそのことが実感させられる。
・物がないからこそいろいろ工夫する。最初はご飯を川の水をすくってそのまま炊いていたが、泥臭くてまずかったが、水をバケツに入れてしばらく置くと泥が沈殿して水が分離することを発見し、その水でご飯を炊くようになった。
・地元の人と物々交換で食べ物を手に入れたりもした。日本にいると、「お金で全て解決できる」と思いがちだが、お金で解決するのは、方法のひとつに過ぎないことを、アマゾンで実感した。
・食糧確保の第1の方法は釣り。魚はどこにでもいるわけではない。どこにどんな魚がいるか知らないと、魚は釣れない。
・アマゾンには、カレイやフグ、エイ、イルカなど、本来は海にいるはずの魚がいる。
・ピラニアといってもたくさんの種類がいる。ピラニアは釣りの常識を超えた魚で、水面をたたいておびき寄せる。他の魚では考えられない。ピラニアの味は美味しいし、ダシも取れる。
・ピラニアより怖いと言われているのが、カンジェロ(食肉ドジョウ)。穴から体内に侵入して内側から肉を食べる。ためしに魚をカンジェロのいる水につけてみたら10秒くらいで白骨になった。ただし、人間が襲われたという話は聞かない。
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・イキトスに到着したとき、7階建てのビルがあったのでびっくりした。何ということはない町だが、川を下ってきた目から大都会に見えた。
・仲間はとても大切。3人それぞれ発想が違い、誰かの知恵で打開策を見つけることができた。違ったタイプの人たちでチームを組むことは非常に大切だと思う。
・川下りしていると、現地の人がどんどん集まってくる。食べ物持ってきてくれたりもするが、逆にイカダから勝手に物を取って行ったりする。自分のものと他人のものの区別する感覚が薄いようだ。
・川の上では基本は退屈。白黒のボタンと板に線を引いて五目並べをやったり、トランプにマジックで書き込んで牌にしてマージャンをやったりした。何もない状況では遊ぶにも工夫が必要だったが、退屈な状況に置かれると、何かを見出すものだ。
・ゴール近くになって、嵐でイカダが進まなくなった。同行者の栗本氏は、そこで引退した。お金もない中で、嵐の中をイカダで進むのは無理がある、というのは合理的な判断だったと思う。ただ、自分はそこで旅を終えるのは気が済まなかった。
・その後は大変で、巨大タンカーと接触しかけたり、水路に吸い込まれて最終目的地のマカパに行くのが不可能になったりした。中州に漂着し、イカダを捨ててカヌーで脱出をはかるが、転覆。漂流の上、何とかグルパに到着した。
・この時は、本当に死ぬかもしれないと思った。
・自分としては、人と比較してどうこうではなく、自分の心の赴くままにやりたいことに挑戦してきた。その経験が、文字など形で残れば 嬉しい。

*詳しくは、坪井さんの著作『アマゾン漂流日記』(窓社)をお読み下さい。
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事務局連絡/会報発送

*7月例会の経験(会場が蒸し風呂状態)から、今回は会場での交流会は行わず、2次会に直行しました。

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○飲み会 18:00~ 「坐 和民」(目黒駅前店)にて(28名が参加)
 坪井さんを囲んでの2次会で、旅の話で盛り上がりました。

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